2009年 12月 02日
DALIA Event Live Vol.15 「インド古典ライブ」 |
~ In the Memory of Veena Maharaj ~
伊藤公朗 × DINESH CHANDRA DYONDI
終了しました。ご来場頂きありがとうございました。
2009年12月18日 (金) at:DALIA
Open 18:00 Start 19:00
前売り¥3.000 当日¥3.500
※共にインド料理の軽食付き
○ご予約・お問合わせ
世界の手仕事+食堂 DALIA
東京都中央区日本橋大伝馬町2-9
Tel 03-3663-3021 / Fax 03-3661-5196
E-mail :post@dalia58.com
北インド「ヒンドゥスタ-ニ音楽」
ペルシアの影響を受けながら誕生したといわれる文化遺産の音楽はかつての宮廷音楽・芸術音楽の中心を担っており、古代インドの音楽家は高い次元に位置づけられていました。その音はまさに純粋な神々への讃歌であり、また神々と一体化するための手段ともされていました。連綿と続く師弟関係、そして口伝により継承、「ヴィーナマハラジ」と呼ばれた師と、音楽修行僧生活を共にした2人の演奏家をお迎えし、芸術性の高いインド古典音楽をおおくりします。ドラマティックな音空間では11月に撮影した北インドの写真とインド料理もご用意しています。インド尽くしの一夜をどうぞお楽しみください。
「シタール」北インド古典 撥弦楽器
およそ700年前にできた楽器。シタールの胴は干瓢をくり抜いて加工し、紫檀またはチーク材でできた長い竿がついている。弦は全部で20本ほどありそのうちの11~13本は共鳴弦とされる。「ラーガ=旋律」(心を彩るという意味)をはじめ、様々な約束ごとを厳守しながら常に演奏家の「今」を即興で表現している。
「タブラ」 北インド古典 打楽器
ペルシアのタブラから今日のタブラという楽器が誕生したといわれる。
そして今から400年ほど前、パカーワジという両面太鼓が進化し低音用(バーヤン)・高音用(ダーヤン)に分けられ、左右一対の形となる。タブラのリズム構成はBOL(ボール)といい200~300あるといわれているが実際は無限であり、長い生涯をかけて覚え体中に取り込んでいく。ゆえに複雑で変化に富んだ多彩な音色の組み合わせから、深い表現力のある究極の打楽器といわれている。
【 伊藤公朗 プロフィール 】 シタール
http://sitar.cool.ne.jp/
1953年、愛媛県の禅寺で生まれる。1977年、ガンジス河上流のヒンドゥー教の4大聖地の一つ、バドリナート寺院に住むビーン奏者でもある聖者、D.R.Parvatikar(D.Rパルワティカル)に弟子入り。ガジス河上流の聖地でシタールを学び始める。インドでも滅多にいないナーダヨギ(音楽を通し修行する僧侶)である師と共に、インド各地のヒンドゥー教の聖地を巡礼しながら5年間のヨギ生活を送る。1982年からハイデラバードにてシタール奏者、K.Atmaram(アンドラ・ブラディッシュ州立音楽院教授)に師事。現在、宗派を越え寺院での法要仏事での演奏、日本各地でインド古典音楽の演奏、他のジャンルの音楽家とのセッションと様々な分野にて勢力的に活動している。2000年に発表したオリジナル1stアルバム「YATORI」に続き北インド古典音楽「BHAIRAVI」、「ALAKNANDA」をリリース。ヒマラヤの日々を綴った「ヒマラヤ音巡礼」も出版している。
【 DINESH CHANDRA DYONDI プロフィール 】タブラ
http://homepage3.nifty.com/kenya_nishikawa/
1962年 インドヒマラヤ山中ルドラプラヤグ生まれ。幼少の頃よりさらにヒマラヤ奥深い山中聖地バデリナートにて聖者と敬われた、D.R.Parvatikar(D.Rパルワティカル)よりタブラと音楽理論を師事。その聖地の冬は雪深人跡未跡の為、冬季は師とインド全域を演奏と見聞の旅を続けた。1978年 バナラシにてタクルサンカルシンガにバナラシ様式のタブラを師事。その後再び、D.R.Parvatikar師のもと、バデリナートに戻り更に深く音楽理論を学ぶ。1988年 日本人音楽家の招待により、初来日、インド古典音楽の演奏を行なう。1990年インドネシアに在住し音楽活動を行なう。1992年インドへ帰国、リシュケシュに音楽学校を開校。欧米からの生徒を数多く迎え、彼らの指導にあたる。
1996年再来日、地元の音楽家らと異種音楽のセッションに積極的に参加、ストリートパフォーマンスも行い、より深く日本の風俗文化にふれた。現在、タブラプレイヤーとして表現の可能性を広げ活動しながら東京でタブラスク-ルを設立、多くの指導にもあたる。
伊藤公朗 × DINESH CHANDRA DYONDI
終了しました。ご来場頂きありがとうございました。
2009年12月18日 (金) at:DALIA
Open 18:00 Start 19:00
前売り¥3.000 当日¥3.500
※共にインド料理の軽食付き
○ご予約・お問合わせ
世界の手仕事+食堂 DALIA
東京都中央区日本橋大伝馬町2-9
Tel 03-3663-3021 / Fax 03-3661-5196
E-mail :post@dalia58.com
北インド「ヒンドゥスタ-ニ音楽」
ペルシアの影響を受けながら誕生したといわれる文化遺産の音楽はかつての宮廷音楽・芸術音楽の中心を担っており、古代インドの音楽家は高い次元に位置づけられていました。その音はまさに純粋な神々への讃歌であり、また神々と一体化するための手段ともされていました。連綿と続く師弟関係、そして口伝により継承、「ヴィーナマハラジ」と呼ばれた師と、音楽修行僧生活を共にした2人の演奏家をお迎えし、芸術性の高いインド古典音楽をおおくりします。ドラマティックな音空間では11月に撮影した北インドの写真とインド料理もご用意しています。インド尽くしの一夜をどうぞお楽しみください。
「シタール」北インド古典 撥弦楽器
およそ700年前にできた楽器。シタールの胴は干瓢をくり抜いて加工し、紫檀またはチーク材でできた長い竿がついている。弦は全部で20本ほどありそのうちの11~13本は共鳴弦とされる。「ラーガ=旋律」(心を彩るという意味)をはじめ、様々な約束ごとを厳守しながら常に演奏家の「今」を即興で表現している。
「タブラ」 北インド古典 打楽器
ペルシアのタブラから今日のタブラという楽器が誕生したといわれる。
そして今から400年ほど前、パカーワジという両面太鼓が進化し低音用(バーヤン)・高音用(ダーヤン)に分けられ、左右一対の形となる。タブラのリズム構成はBOL(ボール)といい200~300あるといわれているが実際は無限であり、長い生涯をかけて覚え体中に取り込んでいく。ゆえに複雑で変化に富んだ多彩な音色の組み合わせから、深い表現力のある究極の打楽器といわれている。
【 伊藤公朗 プロフィール 】 シタール
http://sitar.cool.ne.jp/
1953年、愛媛県の禅寺で生まれる。1977年、ガンジス河上流のヒンドゥー教の4大聖地の一つ、バドリナート寺院に住むビーン奏者でもある聖者、D.R.Parvatikar(D.Rパルワティカル)に弟子入り。ガジス河上流の聖地でシタールを学び始める。インドでも滅多にいないナーダヨギ(音楽を通し修行する僧侶)である師と共に、インド各地のヒンドゥー教の聖地を巡礼しながら5年間のヨギ生活を送る。1982年からハイデラバードにてシタール奏者、K.Atmaram(アンドラ・ブラディッシュ州立音楽院教授)に師事。現在、宗派を越え寺院での法要仏事での演奏、日本各地でインド古典音楽の演奏、他のジャンルの音楽家とのセッションと様々な分野にて勢力的に活動している。2000年に発表したオリジナル1stアルバム「YATORI」に続き北インド古典音楽「BHAIRAVI」、「ALAKNANDA」をリリース。ヒマラヤの日々を綴った「ヒマラヤ音巡礼」も出版している。
【 DINESH CHANDRA DYONDI プロフィール 】タブラ
http://homepage3.nifty.com/kenya_nishikawa/
1962年 インドヒマラヤ山中ルドラプラヤグ生まれ。幼少の頃よりさらにヒマラヤ奥深い山中聖地バデリナートにて聖者と敬われた、D.R.Parvatikar(D.Rパルワティカル)よりタブラと音楽理論を師事。その聖地の冬は雪深人跡未跡の為、冬季は師とインド全域を演奏と見聞の旅を続けた。1978年 バナラシにてタクルサンカルシンガにバナラシ様式のタブラを師事。その後再び、D.R.Parvatikar師のもと、バデリナートに戻り更に深く音楽理論を学ぶ。1988年 日本人音楽家の招待により、初来日、インド古典音楽の演奏を行なう。1990年インドネシアに在住し音楽活動を行なう。1992年インドへ帰国、リシュケシュに音楽学校を開校。欧米からの生徒を数多く迎え、彼らの指導にあたる。
1996年再来日、地元の音楽家らと異種音楽のセッションに積極的に参加、ストリートパフォーマンスも行い、より深く日本の風俗文化にふれた。現在、タブラプレイヤーとして表現の可能性を広げ活動しながら東京でタブラスク-ルを設立、多くの指導にもあたる。
by dalia58
| 2009-12-02 20:12
| 音